コラム

  • コラム

SDGsは『三方よし』を進化させた発信型『六方よし』

執筆者:小林孝嗣

公認会計士/㈱文化資本創研 代表取締役社長
国際文化政策研究教育学会 会員

㈱文化資本創研とは
サステナビリティ経営のための産学連携会社。
主な事業は、SDGs・脱炭素経営の実装支援、オープンイノベーション加速化事業、経済効果測定・データ分析。
大阪・関西万博2025への産学連携共同参画プロジェクトも展開。
京都大学含む10以上の大学・研究機関の教授・研究者と公認会計士・IRスペシャリスト・データアナリスト・プロダクトデザイナーなど実務のプロ集団が協働で企業のサステナビリティ経営の実装を支援している。
国際文化政策研究教育学会などと連携。 脱炭素経営促進ネットワーク (環境省) 支援会員

経営者やSDGs推進部門とお話していると、SDGsと近江商人の『三方よし』との関係性がよく話題に上がります。

“SDGsと『三方よし』とは一緒ですよね!?”
”『三方よし』の精神で経営しているから新たにSDGsに取り組むつもりはありません。”
このような反応を良く聞きます。

確かに、両者の概念は近く正解な部分もありますが、その活用の仕方は大きく異なります。
 
本コラムでは、 ”『三方よし』 の理解をベースにSDGsを企業価値向上のためにどう捉えるか”を紹介します。

≪セミナー開催のお知らせ≫

ご興味のある方は、下記画像をクリックしご登録ください。

  • サプライチェーンの再評価・再構築セミナー
  • SDGsウォッシュセミナ
  • 脱炭素経営セミナー
  • TCFDセミナー など

目次

  1.  SDGsと比較される経営哲学
  2.  『三方よし』SDGsとの共通点
  3.  SDGsは『三方よし』を進化させた発信型『六方よし』

1. SDGsと比較される経営哲学 ~渋沢栄一『論語と算盤』、稲盛和夫『利他の心』~

『三方よし』以外にも、以下の2つ経営哲学がSDGsとよく比較されます。
『三方よし』・「SDGs」の紹介の前に、簡単にその2つをご紹介をします。

(1) 渋沢栄一の『論語と算盤』 ~日本の資本主義の父、新一万円札の顔~

渋沢栄一(1840年-1931年)は、“日本の資本主義の父”と言われ、『論語』を拠り所に道徳と利益の両立を掲げる「道徳経済合一説」を唱え、日本初の銀行である第一国立銀行(現・みずほ銀行)や東京証券取引所など約600社の会社の起業に関与し、また、約600もの社会公共事業、福祉・教育機関の支援と民間外交にも熱心に取り組んだ近代日本を創った実業家です。
(詳しくは、「公益財団法人渋沢栄一記念財団」HPなどをご覧ください。)

2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』で渋沢栄一の半生が放送されたり、2024年には新一万円札の表面への採用が決定しており、今一番話題の偉人の一人です。
将来的なデジタル通貨への移行も考えると、”最後の一万円札の顔”になるだろうと言われています。

『論語と算盤』は、大正5年(1916年)に出版されました。

出所:Amazon

『論語と算盤』は、渋沢栄一が行った講演を1冊にまとめた本で、「論語」は道徳・倫理を、「算盤 (そろばん) 」は利益を追求する経済活動を意味しており、”論語と算盤とは不可分で両立(道義を伴う利益追求)が重要であり、可能なことである”というのが渋沢栄一の基本的な考えです。
これは現代のCSVESGSDGsにも通じる考え方です。

また、渋沢栄一は本の中で、「一個人のみ大富豪になっても、社会の多数が貧困に陥るような事業であったならば、その幸福は継続されない」と説いています。
この考え方は、”「誰一人取り残さない」社会の実現”というSDGsの中核的理念とも通じる考え方です。

(2) 稲盛和夫の『利他の心』 ~京セラの創業者、JALのV字回復の立役者~

稲盛和夫は、京都セラミック株式会社(現・京セラ株式会社)の創業者であり、2009年に経営破綻した日本航空(JAL、現・日本航空株式会社)をV字回復させた立役者です。

出所:京セラHP

稲盛和夫がその経営哲学をまとめた『京セラフィロソフィ』や稲盛和夫が経営に携わる中で自ら体得した実践的な経営の原理原則をまとめた「稲盛経営12ゕ条」は、今なお多くの経営者が勉強・実践を試みる”現代の経営の羅針盤”の一つと言っても過言ではありません。

稲盛和夫は、”より良い仕事をしていくためには、自分だけのことを考えて判断するのではなく、まわりの人のことを考え、思いやりに満ちた「利他の心」に立って判断をすべきです。”と説いており、世間一般の道徳に反しないように、道理に照らして、常に”人間として正しいことは何なのか”を基準に経営していたと言われています。

SDGsは利他を引き出すキーワードとも言われています。

2. 『三方よし』とSDGsとの共通点 ~伊藤忠が『三方よし』に経営理念を変えた理由~

(1) 『三方よし』とは ~買い手よし、売り手よし、世間よし~

「売り手よし、買い手よし、世間よし」で知られる『三方よし』とは、近江商人の経営哲学の一つで、「商売において売り手と買い手が満足するのは当然のこと、社会に貢献できてこそよい商売といえる」という考え方です。

近江商人とは、近江国(現在の滋賀県)に本宅を置き、他国へ行商して歩いた商人の総称で、大坂商人、伊勢商人と並ぶ日本三大商人の一つです。

出所:伊藤忠商事HP

「近江の千両天秤」ともいうように、天秤棒1本から財を築き、江戸、大坂、京都をはじめとする全国各地に進出し、豪商と呼ばれるまでに発展していきました。近江商人の起源は、鎌倉・南北朝時代にまでさかのぼるといわれていますが、戦国時代の終わり、近江を治めた織田信長による安土城下の「楽市楽座」をはじめとする商業基盤の整備がのちの近江商人の繁栄に大きく貢献したと言われています。

相手が必要としているものを良い品質と適正な価格で提供することで買い手が喜び、その商品が売れる結果で売り手である自分も利益を得る。そして、商いを行った地域に橋を作ったり灌漑工事を行ったりすることで恩返しして社会に貢献もしていく。
これが近江商人の理念です。

実は、『三方よし』という言葉は当初からあったわけでなく、1980年代に小倉榮一郎(滋賀県立大学教授(当時))が初めて使ったことが起源と言われています。
また、諸説ありますが、伊藤忠兵衛(現・伊藤忠商事株式会社の創業者)が残した『商売は菩薩の業(行)、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの』という家訓が起源の一つであるとも言われています。

自らの利益のみを追求することをよしとせず、顧客を含めた地域社会全体への貢献を重視した『三方よし』 の精神は、現代のCSRにつながるものとして多くの企業の経営理念の根幹となっています。

(2) SDGsとは ~世界の関心事を集めた世界の人が共感するルールブック

SDGsとは、「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称であり、2015年9月に国連で開かれたサミットの中で世界全193ヵ国の合意のもと採択された国際社会共通の目標です。
このサミットでは、2015年から2030年までの長期的な開発の指針として、「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。
この文書の中核を成す「持続可能な開発目標」をSDGsと呼んでいます。

知っておきたいSDGsの主な特徴は、以下の通りです。

  • 国連加盟国全193ヵ国が合意した目標
  • 先進国だけでなく、発展途上国も含めたすべての国に行動を求める世界全体の共通目標
  • すなわち、世界の共通言語であり、地域・世代を超えて対話できるコミュニケーション・ツール           
  • 目標年(2030年)具体的な数値も示した目標17の目標と169のターゲット)がある
  • 目標達成に法的義務はなく、取り組むか否か・その程度は各主体の判断に委ねられている
  • 国・自治体だけではなく、企業・その他の団体・個人のあらゆる主体が取り組むことが期待される
  • 「経済」、「社会」、「環境」の3つに関わる目標があり同時両立による同時達成を目指す
  • 企業には、慈善活動・ボランティアだけでなく、本業の中で取り組むことが期待される

詳しくは、「SDGsの基礎を知りたい」をご覧ください。

(3) 『三方よし』と SDGsとの共通点 ~自己の利益と公益との両立~

『三方よしSDGsは、自己の利益のみを追求せず、社会全体の利益との両立を目指すところが共通しています。

すなわち、近江商人は、地縁・血縁もない他の藩に出向いて商いをしていたため、商いをうまく続けるためにもその地域でゼロから信用を得る必要がありました。
そのため、薄利で卸売りをして『共存共栄』の精神でいいものを安く届け、商いを通じて顧客・地域から喜ばれるだけでなく、橋や寺子屋などを立てることにより社会貢献をしていました。
この精神こそが、”他国で商いをする上で生き抜く知恵”だったのです。

SDGsは、17の目標の中に「経済」に関連するものもありますが、「1. 貧困をなくそう」のような「社会」に関わるもの、「13. 気候変動に具体的な対策を」のような「環境」に関わるものがあります。
SDGsは、これを分離して考えるのではなく、同時両立・同時達成、究極的には地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」を目指したものです。

このように、『三方よしSDGs公益との両立を目指す点で共通しています。

(4) 伊藤忠が経営理念を『三方よし』に変えた理由 ~原点回帰・グループ一致団結~

上述のように、『三方よし』は伊藤忠商事の創業者である初代伊藤忠兵衛の言葉から生まれたとも言われています。

伊藤忠商事、2020年4月1日に経営理念を当時の「豊かさを担う責任」から『三方よし』に改めました。

出所:伊藤忠商事HPより

近年の急激な経営環境の変化に対応し持続的な成長のためには、誰もが共感できる「伊藤忠らしさ」を打ち出し、グループ全体の心を一つにする必要があり、”商いの原点回帰””初代伊藤忠兵衛の精神を未来に受け継いでいく意思表明”として、伊藤忠グループの経営理念を『三方よし』に変更しています。

3. SDGsは『三方よし』を進化させた発信型『六方よし』

VUCA(※1)の今の時代に必要なのは、SDGsを『三方よし』に「作り手よし、未来よし、地球よし」をプラスした『六方よし』と捉えること。
それを、ステークホルダー( 顧客、 株主、金融機関、 サプライヤー、従業員、地域社会など )へ積極的に発信することで、企業のパーパス(存在意義)を明確に伝え企業のファンを創る手段としてうまく活用することです。

(※1)VUCA(ブーカ)とは、Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性)の頭文字をつなぎ合わせた言葉で、極めて先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態・時代のこと。

(1) 『三方よし』に付け加える視点 ~作り手よし、未来よし、地球よし~

① 作り手よし ~社員・サプライチェーンの永続的繁栄・幸せも~
② 未来よし ~気候変動問題など将来の世代に負の遺産を残さないように~
③ 地球よし ~気候変動問題など、地球の健康にも配慮して~ 

現代企業のバリューチェーンは複雑化しており、持続的に企業活動を行うためには、自社や子会社・グループ会社に限らず、サプライチェーンの上流の取引先まで含めて企業は責任を持った行動をすることが必要となります。
安い製品を消費者に提供できる理由が遠いアフリカの鉱山での半強制的な労働者から生み出されるものではあってはなりません。
サプライチェーン全体の永続的繁栄を考えないと、 新疆ウイグル自治区の綿花問題のように、企業のレピュテーションにネガティブな影響を与えかねません。

また、気候変動問題は、今の時点で温室効果ガスの排出をゼロにしてもすぐには効果は表れません。
2021年8月9日のIPCC(気候変動に関する政府間パネル(国連))の報告によると、2021~40年の間に1.5度の上昇に到達する可能性が高く、地球の限界(プラネタリーバウンダリー)を超えて制御不能になる可能性が高まっているとしています。
今気候変動問題に取り組まないと、水害・森林火災などの災害や災害・天候不順による原材料不足を原因とした工場の操業停止の多発や調達コストの上昇などを通じて、企業に直接的・間接的に甚大な経済損失をもたらします。
我々の子孫が被害が自然災害から無縁で食料に困らないためにも、また、企業も災害などに影響されず持続的・安定的に事業を継続するためにも、”理想的な未来のために今何ができるか”、一人ひとりが”地球の健康”に責任をもってバックキャスティング(将来からの逆算思考)で考え、行動していくことが必要です。

Apple・パタゴニアの『六方よし』の取り組み

コンゴ民主共和国でのコバルト採掘の際の児童労働問題などに対処したAppleのコバルトの第三者監査の実施パタゴニアによるオーストラリア・タスマニア島の野生地及び野生生物の保護活動など、海外では『六方よし』を見据えた取り組みが進んでいます。
ぜひ、日本企業も本格的に挑んでほしいです。

(2) 『三方よし』 にはないSDGsの役割 ~ステークホルダーとのコミュニケーションツール~

SDGsは、2030年の先進国だけでなく地球の裏側の発展途上国・人が住まない南極なども含んだ”地球全体の持続的な幸せの実現”を目指すものであり、”まず将来の理想的な状態をセッティング”して、それをターゲットに”望ましい将来のために今できること”を各主体が考えていくものです。
したがって、主に顔がみえる範囲での関係構築を中心とした 『三方よし』とSDGsとは想定する”時間的距離”と”空間的距離”が違います

また、近江商人には、『陰徳善事 (良いことは黙っていてもいずれ伝わる) 』という信条があります。
現代は、SNSなどを通じて地域・世代・人種・言語が異なる人と一瞬でつながれます。
現代人は日々SNSなどを通じて膨大な情報に接しています。
この情報にあふれた多様な価値観の時代では、”待ちの姿勢”では企業は選ばれないことは共通認識であります。

そのような多様な価値観の中で、全加盟国が合意した”共通言語”であるSDGsが非常に役立ちます。
SDGsは、”世界の関心事を集めた世界の人が共感するルールブック”です。

① SDGsを基に世界の人の関心事を分析する。
② SDGsを基に事業を見直す。
③ ”共通言語”であるSDGsにより、あらゆるステークホルダーに向けて対外的に発信する。
そのことにより、企業のパーパス(存在意義)を世の中に知らしめ、新たな顧客の創造と既存顧客のロイヤリティを高めていく

SDGs を発信型と捉えうまく取り込むことは、企業の持続可能な成長を考える上でとても有益です。

いかがでしたか?

SDGsをうまく使い、自社のファンを増やし、SDGsを企業の力へと変えていきましょう!

当社は、公認会計士・CSRスペシャリストなどの専門家集団と大学教授などの学術研究者陣との協働による産学連携により、SDGsの研修・浸透、SDGs経営への移行を支援しています。
15分間無料相談などもしていますので、SDGsに関してお困りごとがあればお気軽にお問い合わせください。

無料相談・お問い合わせ

SDGs導入、補助金申請など
当社へお気軽にご相談ください。

小林孝嗣

公認会計士/㈱文化資本創研 代表取締役社長
国際文化政策研究教育学会 会員
脱炭素経営促進ネットワーク (環境省) 支援会員

分科会への参加お申込み受付中

当社は、内閣府の設置した「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」において2つの分科会を主催・運営しており、随時参加者を募集しております。
分科会にご参加いただくには、「地方創生SDGs官民連携プラットフォーム」への会員登録も必要です。
ご興味のある方は、一度弊社にお問い合わせください。

分科会について詳細はこちら

(免責事項)
  掲載する情報の正確さには細心の注意を払っておりますが、その内容について何ら保証し責任を負うものではありません。
  本コラムは、一般的な情報を掲載するのみであり、特定の個人や事業体に具体的に適用される個別の事情に対応するものではありません。
  本コラムの作成後に、関連する制度その他の適用の前提が変動する可能性もあります。
  個別事案への適用には、本コラムの記載のみに依拠して意思決定されることなく、適用に関する具体的事案をもとに適切な専門家にご相談ください。

<「SDGs」×「三方よし」 注目ニュース>
今、なぜ「六方よし経営」なのか?(2021年8月12日)
  引用元:日経ビジネスオンライン
人間の影響「疑う余地ない」 温暖化、21~40年に1.5度上昇 IPCC報告書(2021年8月10日)
  引用元:時事通信社
「三方よし」は後世の造語だった なぜ近江商人の代名詞になったのか(2021年2月12日)
  引用元:日経ビジネスオンライン
『青天を衝け』の渋沢栄一は、SDGsの先駆けだった。「日本資本主義の父」が私たちに残したもの(2021年8月15日)
  引用元:Business Insider Japan
「三方よし」に学ぶ、スタートアップの「対外的な折衝力」(2021年4月6日)
  引用元:ダイヤモンドオンライン
今求められる渋沢栄一という思想 SDGsの未来と『論語と算盤』(2021年4月5日)
  引用元:100年企業戦略オンライン
「三方よし」は後世の造語だった なぜ近江商人の代名詞になったのか(2021年2月12日)
  引用元:日経ビジネスオンライン
伊藤忠が経営理念を「三方よし」に変えた意味(2020年11月10日)
  引用元:東洋経済オンライン
紙幣24年度に刷新 1万円、渋沢栄一と東京駅舎(2019年4月9日)
  引用元:日本経済新聞オンライン

無料相談・
お問い合わせ

脱炭素・SDGsや行動経済学によるデータ分析など
当社へお気軽にご相談ください。